ゴーストインザヘッド

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「いなくなれ、群青」感想

タラレバってそんなにわるいことですか?

私はずっと過去の亡霊に囚われている。

「あの時ああしていればよかった」「もっとああしておけば」というアレ。

いわゆる「タラレバ」というやつだ。


「タラレバを捨てろ」とか「気持ちを切り替えて」とか、過去を引き摺っている人に対してよく言うよね。

The past is a ghost, the future a dream, and all we ever have is now. (過去は亡霊、未来は夢、僕らには今しかない。)

とビル・コスビーも言っていた。


でも、そんなことがすんなりできたらそれはもう私ではない。最早別人だ。

自分が大好きなわけじゃないしむしろどちらかと言えば嫌いな方だけれど、中身を違う人に入れ替えたいと思うほどでもないんだ。



だから私は、過去の亡霊たちをたくさん、たくさん引き連れている。

古株はもう小学生、いや、幼稚園児の頃からの連れ合いもいる。

それはもう夥しい数だ。自分のゴーストだけでサッカー・チームのリーグが作れるんじゃないかな。


サイト名をどうしようかと考えていたとき、そんな頭の中の亡霊たちに思い至ったから名前にしてみた(あとになって思い返し気に入らなければ、その事実もまた亡霊を生むのかもしれない)。



折角だからそんなゴーストたちの中から、適当な一体を紹介しようと思う。

力のないやつは記憶が薄れていくについて力も減衰していくのだが、こいつは高校生の頃からずっと一定の力を持ち続けているなかなかのタフガイだ。






高校一年生の冬、私は人生で初めて異性とのデートに出かけた。


そこへ至るまでの紆余曲折は省くが、共通の知人の紹介で知り合った我々は数ヶ月に渡るメールでのやりとりを経た上で、満を持しての邂逅だった。

結論から言うと、それはもう完膚なきまでに大失敗だった。



緊張のあまりろくに会話もできず、そもそもデートとは何なのだろうかという哲学的思考に耽り始めるくらいコミュニケーションが取れていなかった。まだ実家で飼ってる水槽の魚たちのほうがコミュニケーションが上手かったと思う。


声が出なかった私は会話以外でなんとか間を持たせようと、ひたすら、お遍路さんかスタンプラリーのように店を見て回った。

踵の高めな靴を履いていた彼女を延々と連れ回していたことに気付いたのは、休憩と称して喫茶店に入り、彼女が脚をさすっているのを目にしたときだった。


もうここまで来たらかえって気付かないほうがよかったのかもしれない。
しかし気付いてしまった私の内心はもうコンフュ+バーサク状態。Welcome to ようこそクレイジーパーク! 今日もドッタンバッタン大騒ぎ!

でもあくまで内心はなので外側は地蔵のように固まっていた。サイレント・マッド・マニアック。


そんな外はカリカリ中はとろ~りなたこ焼き状態の私にも、彼女は懸命に話を振ってくれた。

そしておもむろにバッグに手を入れると、小さな小袋を取り出して「これ、」とはにかみながら差し出してきた。

開けてみると、某千葉県のテーマパークで買ったと思われるストラップだった。
そう言えばこの前、友達と遊びに行くという話をメールでしていたなと思い返す。

そう、彼女は今日のために、私のために、お土産まで持参してきてくれたのだ。天使、いや、菩薩だ。

嬉しさと恥ずかしさともう消えたい……という気分がぐちゃぐちゃになった私に、菩薩は照れ隠しのように言った。

「あの、好みとか分かんなかったから想像で選んじゃったけど、気に入らなかったら付けなくていいからね?」

そう、照れ隠し。ちょっとしたエクスキューズ。そんなことは流石に当時の私でも分かっていた。

だが、しかしああ、大馬鹿野郎はこう返したのだ。

「折角買ってきてくれたんだから付けるよ」

いや、こんなにさらっと言えていなかった。実際はこうだ。

「せ、折角買ってきてくれたから? つ、つけるよ……」

その時の彼女の、驚きと呆れと悲しみが混じったような表情は今でも思い出せる。


結局その後はぽつりぽつりと会話にもならない言葉を交わした挙句解散となった。



当然、その日からメールは帰ってこなくなった。私は泣いた。彼女も泣いたかもしれない。ひたすら怒ったかもしれない。それとも一切興味を失ってしまったのか。わからない。




仮に今、なんとか彼女を見つけ出し、当時のことを今更謝ったとしても、「はあ? なんだこいつ気持ち悪」となるだけだろう。

私自身今でも常時思い出し続けているわけじゃあない。


ただ、どうしてあの時もっと違う言い方ができなかったのか。せめて最初に、感謝と喜びを伝えられなかったのか。

そのことが時折、今でも思い出したように私を苛んでくる。

でもそれでいいと思う。忘れてしまいたいわけではない。大馬鹿野郎がクソみたいな発言をして一人の少女を傷つけたことを、忘れてしまってはいけないと思う。



「ああできていたら」「こうすればよかった」ってタラレバをずっと抱えていることは、「後ろ向き」「生産性がない」「負け組の思考」などなど散々な言われようだ。

そういう想いが消えずに残り続けることで亡霊を生み、自分を苛み続ける。確かに悪いことのようだ。スッパリ切り捨てて前を向いたほうが良いのかもしれない。



それでも私は、亡霊にいなくなってもらっちゃ困る。


私には他人の気持ちがあまりわからない。

誰だって人の心の中なんて分からないに決まってるんだが、そうじゃなくて、察するというか想像する能力が低いのだ。

以前よりはだいぶマシになったと思っているが、それでも今でも人をすぐ怒らせてしまったり、悲しい思いをさせてしまう。



そういう人間にとって、亡霊にいなくなってもらっちゃ困るんだ。

会話や行動なんて無限のパターンがあるし、ひとつひとつの失敗を覚えていてもキリがないかもしれない。馬鹿みたいかもしれない。愚の極み感はある。もしかしたら単に、後ろ向きな自分に対して自己正当化を図ろうとしている私の小狡い潜在意識が顔を出しているだけなのかもしれない。

それでも、『「あのときああしていれば」ができなかったらこうなる』ってのをずっと覚えていられることに、意味はあるんじゃないかと思う。


そして、もしいつかタラレバに頼らなくても良い日が来たとしても、やっぱり亡霊たちにはいてもらわないと困る。

そのときは中学生の私を助走をつけてブン殴ってやりたいから。



亡霊よ、爆発しろ

亡霊よ、爆発しろ